盛岡の由来や、歩んできた歴史をご紹介します

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歴史探訪

岩手県盛岡市歴史探訪
盛岡市の概要
盛岡エリアは、岩手県の内陸部中央からやや北よりに位置し、古くより城下町等の政治拠点、交通拠点として栄えていました。現在でも、東北・秋田新幹線、東北縦貫自動車道、太平洋と日本海を繋ぐ国道46号線・106号線等、交通の要所として重要な位置にあります。また、文化・経済の中心地でもあり、北東北の交流拠点都市を目指しています。
文化・歴史の街としても有名で、城下町として盛岡城趾があり、宮沢賢治、石川啄木などが青春時代を過ごしていました。食文化では、「盛岡冷麺」、「じゃじゃ麺」、「わんこそば」などの麺類が有名で、市内には酒蔵が4社あり、お酒の製造も盛んです。また市内中心部を流れる中津川は、秋に鮭の遡上する川として知られています。

盛岡の歩み
盛岡の歴史は、今からおよそ400年前の慶長年間、南部家26代信直公が、北上川と中津川が合流し、丘陵に囲まれた不来方の地に築城したことから始まりました。城下町は町割りを五の字にして、城を二重の外堀が巡り、商家や職人町が囲み、その外側に侍屋敷などを配置したものでした。城下町の軍事や商業、交通などに配慮した環状市街地の道路の形成など、当時としては新しい考え方に基づく街造りでした。これが現在の中心市街地の骨格となりましたが、今でも城下町の情緒と風格が残っています。
明治4年、廃藩置県によって盛岡県、明治5年には岩手県、そして明治22年の市町村制施行により、全国39都市のひとつとして、盛岡市が誕生しました。近年の盛岡市は、平成元年に市制施行100周年を迎えました。その後、平成4年4月には新しい中核都市の形成を進め、南に隣接する都南村との合併を果たし、新生盛岡市が誕生しました。また、新しい都市づくりとして現在の市街地から南西方向に向けて盛岡駅西口地区や盛岡南地区の都市開発事業が進められており、東北新幹線の充実や、秋田新幹線の開業などにより、今後ますます拠点性が高まると見込まれています。そして、21世紀に向けて県全体の発展を進めるとともに、北東北の交流拠点都市としてさらなる発展を目指しています。

名前の由来
この地名の由来は、いくつかあるようです。盛岡の古名は、「不来方(こずかた)」と呼ばれていた他、「森ヶ岡」と呼ばれていたそうで、のちに「森岡」と呼ばれるようになり、藩主・南部氏が「盛り上がり、栄える岡」という意味を込めて「盛岡」と命名したそうです。もう一つは、「杜の多い岡」とういうことから、「盛岡」に変わったようです。



盛岡市の歴史についてもっと詳しく知りたい人はこちら↓
 岩手県立博物館
住所: 〒020-0102
岩手県盛岡市上田字松屋敷34 [地図を見る]
電話番号: 019-661-2831
開館時間: 9:30〜16:30
※入館は、閉館の30分前まで
休館日: 月曜日(月曜日が休日の場合はその翌日)
資料整理日(9月1日から9月10日まで)
年末年始(12月28日から1月4日まで)
入館料: 一般:300円(団体140円)
学生:140円(団体70円)
※団体は20名以上
※学校教育活動で入館する児童・生徒を引率される方は無料ですので事前にご相談ください







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